• すそ刈り

    頭落としによりお茶の苗は横に伸び始めますが、横に永遠と伸びてしまうと今度は人間が入れなくなるため、今度は「すそ刈り」と呼ばれる作業で、横も切りそろえていきます。
    こうして縦と横を刈りそろえながら大きくしていくことで、見慣れたあの蒲鉾のような形になっていきます。

  • 日々の努力

    農業は雨の日も雪の日も灼熱の気温や極寒の気温も関係なく毎日作業を行わなくてはいけません。これは言葉で言う以上に過酷で本当に大変な毎日です。その上でやっと出来た物を美味しいが美味しくないのかという厳しい世界で戦わなくてはならないのです。それでも、だからこそやりがいがある仕事だと思います。お客様に美味しいと言って頂けるだけで、これまでの苦労が吹き飛んでいく楽しみは何物にも代えがたいものがあります。これからも皆様からの「美味しい」を頂く為に一生懸命、お茶に愛情を注いでいきたいと思います。

  • お茶を植えるための穴は一つ一つ手で開けるのは非常に大変なので、となりのゴルフ場からゴルフのカップを空ける道具を借りてきて穴をあけていきました。

  • 誰にも聞くことができない初めての抹茶の製造は困難を極めました。その上で茶畑の管理やより良い原料の茶葉を育てるための畑レベルの製品製造管理は気が遠くなる思いでした。
    それでも何とかようやく現在の形にこぎつけることができ安堵した思いと、このお茶を全国の方に知って頂きたいという思いで日々頑張っています

  • 太陽は東から上って西へ沈んでいきます。お茶の木は日光を欲しますので、まんべんなく日光が当たるように畝を南北に作り、どのお茶も同じ時間日光が浴びれる為に蒲鉾型になっています。たた、地形や作業効率などの問題で必ずしも南北に畝を作れるわけではありませんが、本来はそういった目的であの形になっています。

  • 創業明治四十年

    まだ男性はようやくマゲ頭から現代風の散切り頭が様になりだし、女性はまだ江戸時代と同じ日本髪と呼ばれる髪型で明治四十年に桃翠園は創業しました。前身が桃農家だったことから「桃」の字を用いてこの名前になりました。

  • ゴルフのカップ空けで開けた穴に苗を入れそこに水を含ませた砂を撒きそれで植えることと植えた直後の水まきを兼ねることにしました。なにせ広大な茶畑なので水も簡単には負けません。そこで苦肉の策としてこのような策を講じたわけです。

  • これからの展望

    お抹茶の品質の向上はもちろん続けていきますが、生産量については増やさずにいきたいと考えています。
    なぜならこれ以上手を広げると間違いなく手が回らなくなり、お茶自体の品質を下げることになると考えているからです。
    「近代的なシステムを入れれば」「機械の能力を上げれば」といったお話は頂くのですが、私たちは私たちの目の行き届く範囲内で精一杯美味しいお茶をお客様にお届けする。このことに全ての力を注ぎたいと思っています。
    「茶園から茶の間へ」この思想はこれからの100年も大事につないでいきたいと思っています。

  • 5年かけて生育

    お茶は苗を植えて次の年からお茶が取れるわけではなくある程度大きくなってからとれるようになります。一般的には4年で採れるようになると言いますが、出雲地方は冬の気温が低くなかなか思うように生育しません。4年目に何とか収穫しようと思えば出来たのですが、長い目で見てお茶の木が成長しきってから収穫を始めた方が木へのダメージが少ないと考え、さらに一年かけ立派に成長したお茶の木からお茶を本格的に摘み取り始めました。

  • 桃畑を茶園に変え、そこで出来た物を家庭のお茶の間へそのままお届けしたいという初代・岡 國次郎の「茶園から茶の間へ」思想を110年以上経った今でも守り続けています。

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